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一章 五節 「関係性を壊す」

Author: 桃口 優
last update Last Updated: 2025-10-21 03:27:18

「美月さん、壊すってどういうことですか?」

 僕はこの状況を理解することができなかった。

 頭の中がプチパニックになっていた。

 僕はちょっとしたことですぐにパニックになる。

 そもそもどうして彼女は毎回僕のいる場所がわかるのだろうか。

 さらにはいつも突然現れて、意味深なことを言う。

 彼女は笑っていた。とても無邪気に笑っていた。

 それはさっきの言葉と似合わない表情でちょっと怖かった。

 無邪気すぎるのも、怖く感じるのだと僕はこの時初めて知った。

 赤と白のニットのワンピースを着た彼女は天使だろうか、それとも悪魔だろうか。

 しおりもあからさまに動揺していた。

 知らない人が現れていきなりわけのわからないことを言いだしたのだから、そうなるのも無理はない。

 僕はしおりに大丈夫だよと目で合図を送った。

 デザートが運ばれてきた。ウエイターは修羅場でもあるのかと興味津々そうだったけど、何も言ってこなかった。

 しかし、さっきから隣の席の人の話し声がうるさい。遮断しようとしていても耳に入ってくる。これは自分では調整できないから困っている。

「あら、名前覚えてくれたのね。言葉の通りよ。信じてるものを全て壊していくの」

 彼女は当たり前のように話を続ける。

「そもそも信じるって言葉の意味知ってる? 『信じるとは疑わずに本当だと思い込むこと、心の中に強く思い込むこと』よ。あなたが大事だと強く思ってることはただの思い込みなの。だから脆い。それをわからせてあげるのよ」

「あまりにも勝手だと思います」

 しおりが我慢できずに言葉を発した。

 でもその声は震えていた。

 女の子に話させて僕は何をしているんだと、情けなくなった。

「あなたは律の友だちのしおりさんね。はじめまして、美月よ。しかし、何をもって勝手だとするの? 『勝手』の定義は? わかってるの? 何の、誰にたいして私の行動が自分に都合がいいと言えるの?」

 彼女はしおりの目をまっすぐ見ていた。

 初めて会う人にそんなにきつく言わないのが普通だけど、彼女には最初から普通ではなかったなとなんだか納得してしまった。

 しおりは何も言い返すことができず、下を向いてしまった。

 カフェは静まり返って、ほかの客がこちらに注目し始めた。

 僕は何か話さなきゃと焦りを感じていた。僕が話さないとしおりがどんどん苦しくなる。

 彼女がそこまで言うのだから、何か意味があるのではないかとは思えた。

 でも「壊す」というのがどうしても納得いかなかった。

「美月さんが言うのだからきっと何か意味があるんだろうけど、それは壊さなきゃ実現できないのですか?」

 僕は彼女に歩み寄ろうとした。同じ人なんだからわかり合えないことはないと僕は思っている。

 そこで彼女は少しだけ悲しそうな顔をした。

 どうしてそんな表情をするのだろう。

「そうよ、壊す必要がある。とにかく、まずは絶対と信じられている家族の関係性から壊すわ」

 そう言って彼女は店を出ていった。

 いつも一度もこちらを振り向くことなく去っていく。

 なぜだろうか。彼女の後ろ姿はいつも僕を嫌な気持ちにさせない。どんなことを言われた後もそうだ。

 なぜか気になってしまう気持ちが勝ってしまう。

 今日も外を見ると雪が降っていた。

 この時、僕はこれから起こる壮絶なことを全くといっていいほど想像できていなかった。

 どこか大丈夫だろうと信じていた。

 それが大きな間違いだったと気づくのは、だいぶ先のことだった。

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